【前提】
父、母、長男、長女が相続関係者となります。
この度2月に父が亡くなり、遺言を残されていました。
内容は、長男に〇〇を相続させる、などと具体的に書かれているものですが、母には一切相続させない内容でした。
長女が遺言により遺言執行人となり手続きを進めていましたが、相続税の申告書の提出前に母が亡くなりました。
手続きとしては金融資産については一部進めていましたが、不動産についてはこれからの状況です。
【ご質問】
相続税の観点から、母を含めた父の相続人は、不動産について長女に相続させる遺言があるものの、母が相続するよう遺産分割協議をしようか検討しているところでした。このような場合、父の相続にかかる遺産分割協議書を作成し、母が不動産を相続するような流れにしても法律上問題ないでしょうか(一部放棄があったものとして手続きを進める趣旨です)。
不動産以外の手続きは遺言書でおおむね進めているため、認められないなど法律上の制限や贈与税の問題はありますでしょうか。
【回答】
この場合の遺言の解釈としては、「その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情がない限り、遺贈と解すべきではなく、遺産分割方法の指定」と解されています(最高裁平成3年4月19日判決、民法百選Ⅲ86)。
特定遺贈であれば、財産毎に放棄することができますが、遺産分割方法の指定ということになると、放棄するには、法律上の相続放棄をしなければならず、一切の財産を相続できなくなってしまいます。
したがって、本件では、預金等については遺言執行し、不動産については放棄する、というような一部放棄ができません。
そこで、一部遺言執行しているものの、全体について、「遺言によらない遺産分割」と解釈して遺産分割ができないか、が問題となります。
この点、法律上は、一旦遺言が効力を生じた後、遺産分割によって、売買・交換・贈与などが行われたと解釈することができますので、有効になしえます。
しかし、税務上問題が生じます。
遺言によらない遺産分割については、国税庁Q&ANo.4176に次のようなものがあります。
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遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税
特定の相続人に全部の遺産を与える旨の遺言書がある場合に、相続人全員で遺言書の内容と異なった遺産分割をしたときには、受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当です。したがって、各人の相続税の課税価格は、相続人全員で行われた分割協議の内容によることとなります。
なお、受遺者である相続人から他の相続人に対して贈与があったものとして贈与税が課されることにはなりません。
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ここでは、あえて「遺贈」という文言が使用されています。
これは、遺贈であれば放棄しても相続人の地位を失わず、遺産分割ができるためと推測します。
「相続させる」遺言の場合には、理論上、上記Q&Aのようにはなりません。
しかし、実務上は、「相続させる」という文言であっても、上記Q&Aを準用して相続税1回の課税にしていると認識しております。
ただ、これは、「受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄」したと評価できることを前提とした取扱となっております。
本件のように、遺贈ではく遺産分割方法の指定である場合において、相続人全員が遺言執行に同意したとみられ、一部遺言執行が開始された場合に、「受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄」したと評価されるかは疑問です。
したがって、本件で改めて遺産分割協議を行うのは、遺言の効力が生じて各相続人が相続財産を取得した後に、改めて売買・交換・贈与が行われたとして課税が行われる可能性があり、リスクがある処理と考えられます。
なお、一部遺言執行がなされる前に遺産分割協議を行い手続きを進めた場合には、贈与税の問題はないと考えられます。